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国際結婚がしたい理由。

こんにちは、島袋尚美です!

もう5月、あっという間ですね🌸

1年の内で、すでに4ヶ月が過ぎました!

え!早すぎやしないかい!?

今年こそは!と思うことに手をつけられていますか?

進捗状況が芳しくない島袋は、ここから巻き返していきます笑笑

 

さて、今日はちょっと真面目に書くので、良ければ、お付き合いくださいね!

 

自由に生きたいから、国際結婚がしたい。

初心に返って、考えてみました。

なぜ、私は、国際結婚をしたいのか?

 

結論として、自分の人生を選択できて、自由に生きれそうだと思えるからなのです。

なぜそう思うのかというと、、、

 

『星から来たあなた』の韓国ドラマのように、長く生きたわけでも、

『UFO』ピンクレディのような、地球の男に飽きたわけでもなく、

なぜなんだろうって考えたわけです。

(例えが古いって思ったそこのあなた!良くご存知ですね♪笑笑)

 

小さな頃から、思っていたことがありました。

この窓から見える世界で一生が終わってしまうのかもしれない!

 

田舎あるあるなんだとは思いますが、イベントがなさ過ぎて、救急車の5分後にはどこの家に来たのかもわかってしまう謎の連絡網。

道を歩いていると親を介してなぜか向こうは自分を知っているという、内部事情を伝達されている窮屈さ。

冠婚葬祭の結婚式も、親族だからと、迷惑な人だと思いつつも呼ぶ風習の煩わしさ。形式ばった結婚式も、好きになれませんでした。子ども心につまらなかった。

 

だからこそ、テレビや映画で見る世界はとても綺麗で、華やかで、自由に思えたんです。

そこにいる人たちは、イキイキとしていて、きらきら輝いて見えました。

手足が長く、スタイル抜群。目の色も髪の色も肌の色も異なり、顔も小さく、まつげも長く、整った顔立ち。何を着ても、持ってもおしゃれになる、生まれながらに持つ遺伝子が別次元の存在の、誰がみてもきれいな人たち。

子どもながらに、海外の人と結婚すれば、子ども可愛いいんじゃないか?と思うほどにです。

 

生活スタイルも違いました。白い壁の大きな窓の素敵でかわいい家。何百年前からあるクラッシクな洋風の建物も豪奢です。

パンやコーヒーの朝食がよく似合い、ピザやハンバーガー、ステーキなどの美味しそうな食事。

築何百年の我が家とは違い、同じ田舎であってもこの生活スタイルの雲泥の差とは!

 

ケンカしてぶつかって、一緒に色んなことを乗り越えたり、解決できずに仲良くなったりする、青春ドラマにでてきそうな仲間との友情や恋愛が満載な日々!

赤ん坊の頃から家族構成も住所も知っているような、幼馴染しかいない自分とは180度違う、人間関係の幅の広さがうらやましかったのです。

 

子どもだからと遠慮せずに、こうしたいと言いたいことをはっきりと主張する。同じ子どもでありながら、才能を生かし、世界を相手に活躍していることへの憧れがあったのかもしれません。

 

田舎なので、テストの点数を教えてもらわなくても成績の順位は暗黙の了解で決まっていました。得意なことが多い人が中心となり、生徒会も委員会も文化祭も音楽や運動系の大会も進んでいきます。

そんな環境下でいたので、元から持っているものが全てを決めると思っていました。物事全てに受け身でした。何もない田舎に住む、ヒエラルキー最下層の何者にもなれなそうな自分の日常とは異なる、画面の向こうの選択肢が多い特別な世界の住人が、とてもうらやましかったのです。

 

私の世界とは違い、なんにでもなれる選択肢を沢山持っていて、自分の人生を切り開き、そして自分で選んで生きている!

人の目など気にせず、とても自由に。

そう、私の国際結婚がしたい原点は、自分の人生を自分で選んで、自由に生きたいからくるものでした。

 

人生を自分で選んで、日本の田舎に来た海外のAET(アシステントイングリッシュティーチャー)

たちとの交流。

 

公立の小学校でしたが、1年生の時から、放課後にアシスタントイングリッシュティーチャー(AET)が来て一緒に遊ぶということがある学校でした。

英語で話しかけられて、日本語で答えるようなコミニュケーション。英単語を覚えるというよりは、コミニュケーションを通じて不思議と何を言われているかがわかる面白さ。

よくわからないけど英語って楽しいが一番最初の印象でした。

 

教育熱心な両親の尽力もあって、自宅に泊まりにきたそのイギリス出身のAETとの交流は、中学生になっても、高校生になっても、社会人になっても続きました。

(社会人の際には、イギリスに遊びに行き、ご自宅にもお邪魔しました。)

その関係の中で知ったのは、大学生を卒業する前、社会人になる前にいろんな国を巡り自分の人生を考える時期を積極的につくること。

社会人になっても、自分で必要と思った時に、大学に戻って勉強をし直すことがあるということでした。

詰め込み型の、個人ではなく協調性を学ぶ日本とは違う教育の方針、個の選択を大事にする文化の違いにますます海外に行きたいと思うようになりました。

 

中学生の時には、リアルに海外の子供の可愛さを知りました。

国際結婚をしたアメリカ出身のAETがいたとき。「本国ではモテないから、日本に来た。」というぶっちゃけた話や、恋愛をとおして、言語の壁はどうにかなっていくことを教えてくれました。

お子様の可愛さが格別すぎて、失礼ながら奥さんもすんっっごぉおい美女というわけではないけれど、遺伝子のかけ合わさるすごさというものを体感していました。

 

高校生の時には、町の英会話のプログラムがあり、放課後に年の近いアメリカ出身のAETと英語と日本語を問題を出し合いながら教え合うということをして遊んでいました。

英語力があがったかはわからないものの、よくわからなくても話しかけることに抵抗がなくなりました。

 

3人、それぞれに共通していたのは、自分の意思で日本の田舎に来たということ。

それを楽しみ、生かし、自分の人生を謳歌していたということです。

 

親の言うことは間違いない!?教育熱心な両親からの影響力により、短期留学へ

教育熱心な両親だったので、小学校の頃から、

「これからはグローバルの時代だ」

「マニュアル人間で指示待ちになってはいけない」

「働かざるもの食うべからず」

と言われてきました。

 

町の議員をしていた父親は、私が小学生の頃、これからの町の教育モデルの視察と称してアメリカへ行っていました。

日本とは違う、アメリカのお土産。あまり加工食品を食べないため、ビーフジャーキーすら強烈な印象でした!肉、硬い!

写真でみる街の様子や、建物、食も、文化も、言語も、肌の色も目の色も、髪の色も違う。ああ、いいなあー!!きれいだなあ。楽しそうだな本当に!

その頃は、自分が海外に行けるとは微塵も思っていませんでした。

 

母親はとても顔の広い人でした。海外の里親制度を実際にしている人に会わせてくれたり、宗教問題からくる紛争難民で避難してきた人の講演会に行ったり、チェルノブイリ事故の被災者に関した応援活動などをしていました。

情操教育で感性を磨くため、映画や、舞台やミュージカルなどに連れていってくれたり。小さな頃から読み聞かせを大事にしてくれていたので、家には絵本が50冊以上ありました。殆どが外国の物語でした。

 

そんな母親からも、「人生設計は中学生のうちから必要。人生をどう生きていくために、どんな仕事について、進路はどうしていくの?」と聞かれました。

考えても何を選べばいいのかわからないので、親に言われたとおり、人生を選べば間違いないはず。なんとなく、自分は公務員になっていくんだろうなあと思っていました。

 

そして同時にあったのは、海外に行ってみたいということでした。

 

転機は短期留学のとき。電車の中での衝撃の出会い。

東京に上京した大学時代に、短期留学に行かせてもらいました。

初めての海外。

初めての英語だけの授業。

初めてのルームメイト。

 

初めてづくしに、不安と期待にドキドキしながら、街の散策にでかけたときのこと。

日本人の友だちと話しているときに、

「日本人?日本に行ったことあるよ!いいとこだー!ウェルカムー」

とハグをされました。

 

初対面ですけど!?

どんだけフレンドリーなんですかっっ??

 

衝撃でした。この人にとっては、日本が外国なこと。

ここがこの人にとっての自分の国なんだってこと。

その中でこの人は、こんなにも、いとも簡単に他人との境界を超えて、接してきたのだということ。

 

どんな状況でも、自分から関係を変える働きかけをしてもいいのだと、驚きとともに知りました。

そして、それが嬉しいことも。

 

日本への帰国。就活の中での選択。

とてもとても楽しくて、みるものすべてが刺激で、帰るのが嫌すぎた短期の留学を終え、日本に帰国して待っていた就活は、何を選ぶかを問われ続けました。

 

公務員の勉強が嫌すぎて、面接は受けるものの、何を答えていいのか分からず。

クビがなく一生安泰とは言われるけれども、ずーーーっと続けなければいけないのかというプレッシャー。やめるという選択肢が持てないことの怖さ。

半分ヤケクソで、したいこと、貢献できること、やれること、考えることを放棄していました。

そんな中で初めて出てきた会社員という選択肢。

身近にいたのは、公務員か自営業だったので、そもそもの選択肢にありませんでした。

 

誰かに相談することも、きちんと検索することも知らなかった私は、なんとか契約社員を前提に、アルバイトとして就活を終えました。

 

結局、親の言う通りではない道を選んで生きはじめました。

 

国際結婚をしている人が多い会社で働いて気がついたこと

なぜか就職先の会社は、国際結婚されている方が多くいました。

 

一緒に働くパラグアイ出身の日系2世の先輩がいました。

ディズニーが大好きでバイトをしていたこと。

ご両親のつながりで、この会社に就職したこと。

強盗により母親を亡くされていたその先輩は、とても家族想いの、会社のイベントにも家族を連れて参加するような、家族仲の良い方でした。

マイルールがある方で、結婚した以上、色々あるけど、絶対に相手の悪口を言わない。自分が選んだ人だし、子供への悪影響となるからと、言っていました。(中国の奥様とご結婚されて、毎日のようにご機嫌斜めで愚痴っている部長を横目に。)

 

教育方針として英語を学ばせたいことや、お金についても話をする先輩だったので、マンションよりも、土地付きの一軒家のほうが価値があるということも、教えてもらいました。

日本的な思考の強かった受け身の私には、古き良き日本男子の経済成長期のような仕事の姿勢以外は、とても海外思考な先輩が面白く、沢山、色々な話をしました。

 

仕事の中で感じる文化や考え方の違いの面白さ!

コミニュケーションの違いを楽しむということを教えてもらいました。

 

国際結婚のメリット:遺伝子の強さは本能!

私が思う国際結婚のメリットと言ったら、遺伝子のかけ合わさった強さでしょう!

かけ離れればかけ離れるほどに、遺伝子は強くなるそうです。

生き残るための生存本能ってやつです。

 

そして、子どもたちには、自分の国籍を選ぶ選択肢が生まれます。

言語もバイリンガル

二つの国を拠点に、自分の生活軸を組み立てることもできるようになります。

 

教育も文化も大事にしたい価値観にあわせて、自分で選択しやすくなることが、とても魅力的だと考えています。

教育環境は、人生の方向性を大きく変えるほどの影響力があると、私は思っています。

日本のように識字率が高く、教育水準の高い国で生きていれば、あまり格差を感じることは少ないかもしれませんが、世界において小学生が教育を受けることが当たり前ではない国は思っているよりも沢山あります。

 

 

 

国際結婚の不安点:今、海外の生活に想いをはせる。

国際結婚の不安点ももちろんあります。

 

ウクライナへの軍事攻撃の一報を聞いた時のこと。

当初、それほどニュースとして意識がなかったため、とても人ごとでした。

遠い世界の出来事のような鈍い感じです。

 

でも、戦争が長引くに連れ、自分たちの生活にも影響が見え始めてきました。

海鮮の輸入が減る。

ジャガイモ、玉ねぎの高騰。

原材料の資材が入ってこない。

原油や液化ガスの高騰も今後ありそう。

 

そういや、日本は9割輸入に頼ってる国だった、、、!

 

ウクライナへの軍事攻撃が激化するにつれ、気になることも出てきました。

チェルノブイリ原発です。

 

日本は、同じくらい原発の処理に悩んでいる国でもあります。

人が住めない。地元を捨てなければならない。

高濃度の放射線の影響で、病気を罹ってしまう。

 

きっと、誰もが、こんなにも長引くとは予想していなかったことが、海外ではよく起こるのだということ。

世界情勢がモロに影響していく場所で生きていくという不安があります。

国によっては、宗教による争い、兵役義務や、銃所持の問題もあります。

 

聞いてみた。「国際結婚をうまくいかせる秘訣とは?」

実際に国際結婚されている方にお話しを聞いてみました。

リアルを知るって大事なことだと思うので。

 

互いの違いを面白いと思えないと長続きは難しいそうです。

文化も言葉も習慣も違うからこそ、互いに歩み寄って、相手を理解することが大事。

ぶつかったとしても、話し合い、違いを楽しめないと続けられないと。

 

10年たった今が一番ラブラブと豪語するその女性は、子供がいてもきちんと二人でデートする時間をつくっていること、イベントをきちんと楽しんで、子供のママ、パパではなく、お互いを一人の人間として認めて、お祝いし合っていました。

花を一輪送ったり、相手の好きなものをプレゼントしたり。

 

そして、苦手なことはお互いに補い合い、感謝しあい、オープンなコミニュケーションを取っていける関係性を築くことが大事なのだそうです。

 

最後に

自分を振り返って思ったことは、国際結婚は自分の人生を切り開く、人生を自由に選択できるものだと思っているからなんだということでした。

結局は、自分を変える、自分で決めて選択がしたいということにこだわりがあるだけということがわかりました。

文化や習慣の違いを超えて、つながっていくことに、より深い意義を見出したり、面白味を感じたりして、経験をしたい自分がいることに驚きでした。

国際結婚も、結婚も、より自分の明確な幸せを手にするための一つの要素だからこそ、

うまくいく方法も共通しているんだなと思いました。

 

あとは、結婚相手を見つけるだけですね!

準備万端です